D109薩州鹿児島討伐記ノ内 県下之兇賊等肥後熊本旧城下江攻撃シ官軍応戦之図
さつしうかごしませいとうきのうち けんかのけうぞくらひごくまもときうじやうかえこうげきしくわんぐんおうせんのづ
明治十年三月三日御届
板元 熊谷庄七 小舟町三丁目十一番地
画工 月岡米次郎 南金六町十四番地
定價六戔
右図 本丸五重ノ大守
中図 巨魁 篠原國幹 清正社
左図 巨魁 桐野利秋 池上某
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大英博物館蔵B008の異版である。上が大英博物館所蔵の作品で、下が当ページの国会図書館所蔵の作品であるが、赤の発色が極端に違うことと全体のコントラストが違っていること以外は特に大きな違いは感じられない。これまで比較してきた他の作品と同じく、国会図書館版の方が赤の発色が鮮やかでそれに応じて紫も明るくなっている。大英博物館の方は、青の発色がよく、地面の色が空と呼応して、全体が引き締まっているようだ。ウェブサイトの作り方か、撮影条件か、保存状態か、制作当時の刷りの違いか、その辺りは定かでない。
ちりばめられた文字情報はすべて同じである。
2013年6月に追加した静岡県立中央図書館蔵の作品は他の2枚と大きく違っているので、報告する。B008とD109は同じ日の刷であるが、このS038は翌日以降に刷った後刷りと考えられるのだ。中図に注目すると先の2枚にはない白煙が中央の背景に大胆に追加されている。馬上の篠原国幹は倒れ伏す薩軍兵士を救出するかのように官軍の眼前まで飛び込んでいるのだが、先刷りの2枚のグレーの背景の中では、前足をあげ上に向かっていななく馬の陰で、篠原のアクロバチックな姿勢はじっくり見ないと見極めにくい。背景に白煙を入れ、右手や槍を際立たせることで、この構図が、一瞬で見えるようになるのだ。また、全体的な構図においても、熊本城に攻め寄せる薩軍の包囲網がよりダイナミックに表現されているように思う。更に篠原の下に横たわる薩軍兵士には大量の血糊が追加されているが、リアリティというよりは表現がより扇情的にエスカレートしているようだ。細部を見ると、袴や篠原の馬の鞍から緑が消え黄色のみになっている。これも、コントラストを強くして、細部を際立たせる狙いかもしれない。中図左手の背景には清正社と森・山が描かれていたのだが、煙を書き加える過程で、濃いグレーの闇になっている。これにより、手を加えていない左図との連続性が多少危うくなっている。コントラストがきつすぎて、背景の山の連続性がわかりにくくなっている。整合性よりインパクトの強さをとったのだろう。国会図書館と大英博物館の2枚は色味と明暗の加減が多少違う程度で、色使いや構図は同じ訳で、当時の制作状況から見ると同じ日の刷ということで間違いがないだろう。つまり、朝のうちに顔料を調合しその日のうちに使い切る、そして、その顔料で刷るのは100枚から200枚程度だったらしいからだ。勝手な想像をすると、3月3日という、西南戦争勃発直後に売り出されたこの錦絵は飛ぶように売れてしまい、増刷するに当たって、より見やすく、派手で扇情的なものにマイナーチェンジされたというところではないだろうか。