S026 征韓論之圖
明治十年八月十一日御届
出板人 福田熊次郎 長谷川町廿番地
画工 橋本直義 上野北大門丁十一番地
價六戔
右図 大木喬任、前原一誠、大隈参議、仁和寺ノ宮、三條大政大臣、篠原國幹
中図 岩倉右大臣、二品有栖川宮、大久保利通、木戸孝允、西郷隆盛
左図 江藤新平、桐野利秋、榎本武陽(揚)、西郷従道、板垣参議
王政復古の時に際し隣邦たるを以て明治四年朝鮮國へ使節を發遣(はっけん)せられし處(ところ)該國(がいこく)の官吏礼を失するにより廟堂(びょうどう)の諸大臣朝鮮の無礼を糺す(ただす)の師(いくさ)を出さん(いださん)と征幹論起し(おこりし)を三條岩倉両大臣を始め其(その)非なるを弁明せしより征幹黨ハ不平をいだき各(おのおの)辞職なしたりしが后に(のちに)暴挙の企(くわだて)ありしと
静岡県立中央図書館での分類は
請求記号 | K915-108-033-028 |
---|---|
画題(題名) | 征韓論之図 |
絵師(画工名) | 楊洲斎周延印(楊洲):橋本直義 |
版元 | 福田熊次郎 |
出版年 | 明治10年8月11日届(1877) |
員数 | 3枚続 |
版型 | 大判 |
彩色 | 錦絵 |
資料名 | 上村翁旧蔵浮世絵集(33) |
カテゴリ |
/浮世絵/31集~40集/33集-周延 |
このページの画像は静岡県立中央図書館のデジタルデータを利用して構成している。また、データに関しては東京大学史料編纂所錦絵データベースを参考にした。
画像をクリックすれば拡大画像をご覧頂けます。
細部を見るにはこちらからどうぞ。別画面が開きます。
少し時間がかかります。
096国会図書館蔵との違いについて
写真でいうならば露出を間違えたか、と思うくらい全体のコントラスト比が違っている。並べてみると静岡県立中央図書館蔵の作品は白っぽく浮いたように見える。
細かく見ていくと、タイトルの題箋の地の色が国会蔵の方は3色になっている。また、この会議は廟堂=朝廷で行われているように描かれているので、背景に御簾や菊の紋章をあしらった紫色の幕が描かれているのだが、その幕の地の色が国会図書館蔵の作品の方では途中で白くなっている。この2枚の絵では幕が実際にどのようになっているのかがわかりにくいが、同じく楊洲周延筆の「095征韓論之圖」を見ると、室内装飾の幕の様子が明らかである。
この画題では他にももう一種類の絵があり、周延は3種類の絵を描いている。
095では御簾は左図に描かれておりその前を固めるのが三条大政大臣・二品有栖川宮・岩倉右大臣であるが、13名の人物が描かれており、名札は12枚である。
096では、このページでご覧の通り、御簾は中図にあり、前を固めるのは岩倉右大臣と二品有栖川宮である。また、人物は17名、名札は16枚である。
097では左図に御簾が描かれ、前を固めるのは仁和寺宮・有栖川宮・岩倉具視公である。人物は16名、名札は16枚、一見合っているのだが、実は右図の後ろの方の人物の数と名札があっていない。実際のところ名札は15枚と見なしていい。
さて、すべての絵で、人物の数が名札より一名多い。そして、その人物はいずれも御簾の真下に描かれている。もうお分かりだろう、明治天皇が、はっきりと絵の中に描かれていたのである。
明治神宮のホームページによると「明治天皇の御尊影といえば代表的なのが明治神宮宝物殿にある御肖像画です。(中略)明治21年、陛下37歳(数え年)のときの御尊影です。実は撮影されたのではなく、コンテ画で描かれたのでした。」http://www.meijijingu.or.jp/qa/gosai/10.html
とある通りキヨッソーネが描いたものが、最も有名である。そして、写真嫌いの明治天皇は写真もそれほど残っていない。その意味で似顔絵ではないが、明治天皇の姿を描いた絵の存在は珍しいと言っていいだろう。